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ラーメン店も軌道に乗ってきた三年目の夏。


ここまでくると、ラーメン店主としてある程度自信もついてきて風格も出はじめてきたころでしょう。近所でも「味のよいラーメン店」として認められるようになり評判も上々です。
そういった時期に開店時間に向けて仕込みをしていたある日、いかにも「気が強い」といったふうな中年の女性が訪れます。セレブふうの眼鏡の奥から鋭い目であなたを見据えながら言うのです。
「この店の臭いが我慢できないんだけどなんとかしてもらえない?」
一見、質問調ではありますが、これはすでに詰問です。あなたはたじろぎます。
この中年の女性は店の裏手に住んでいる住民でした。苦情の内容は「店ができてからずっと三年間辛抱してきたが、臭くて我慢の限界だ」というものだったのです。あなたはひとまず話だけは聞いて午後に女性のお宅に伺う約束をします。その日のお昼のピークタイムはスムーズに捌くことはできませんでした。朝の中年女性のヒステリックで強引な物言いが頭から離れなかったからです。
午後になって約束の時間が近くなった頃、その女性が入ってきました。あなたは一番奥の席に女性を案内します。女性は強く激しい口調で話し始めました。
ヒステリックさは朝のときと同様かそれ以上です。あなたは客席に座っているほかの客が気になります。セールスマンふうの男性、小さな子供連れの女性があなたたちのほうをチラチラ見ているからです。
このように店に文句を言ってくる人は必ず店に赴いて店内で話をしようとするものです。決して自分の家を訪問させることを好みません。
「店の排気口がちょうど自分の家の居間に向いている」という主張でした。あなたは謝罪するしかありませんが、それでも相手は納得することはなく一方的にまくし立てて出ていってしまいました。あなたはここで思案します。
そしてとりあえずは役所へ相談に行くのです。これはもっとも賢明な方法です。そして役所の方の提案で排気口の向きを変えることにします。向きだけでなくこの際ですから高さも伸ばします。工事費の出費は大きいですが仕方ありません。取りあえず、これで裏の住宅へ臭いはいかないはずですから。
工事を終え排気口の向きと高さを改善してから二週間後、またまた同じ女性がやってきました。「やはり臭いがする」と言うのです。さすがにあなたは我慢ならず言い返しました。
「それ以上言うと、営業妨害で訴えますよ」
あなたの強い態度に驚いた中年の女性は睨みつけたあと帰っていきます。
約一ヶ月後、あなたは商店街の組合の男性から噂を聞かされるのです。
「お宅のお店、変な材料使ってるって噂されてるよ」
あなたには悪い噂が出る心当たりがありますから、自分に言い聞かせました。
「例え悪い噂があったとしても自分で自信を持って作っていれば逆境は乗り越えられる」と・・。 
実際、客数は弱冠減っているような感じはしていましたが常連客は変わりなく来てくれていたのです。
ある日、仕込みをしていると電話がなります。
「保健所ですけど、今よろしいですか?」
「えっ、はい」
「実はですね。お宅の店に対して苦情がきてまして…」
ここでも、 あなたは「ピン!」ときます。
「本日、午後に伺いたいんですけどよろしいですか?」
「わかりました」
電話を切るとあなたは奥さんに話します。奥さんは不安そうな表情をします。
保健所の係員は型どおりの視察を終えると話し始めました。
「別に問題はないようですね。私どもとしても苦情を受けてなにもしないわけにもいかなくて…」
「そうでしたか」
「大きな声では言えないんですけど、苦情を言う人はだいたい決まってるんです。同じ人だと私どもも対処の仕方があるんですけど今回は初めての人だったもので…。なにか最近トラブルはありませんでしたか?」
「裏手に住んでる人から臭いで苦情を受けました」
「ああ、そうでしたか。できるだけ近くの住民とはトラブルを避けてください」
「はい…」
あなたは保健所の人にそう返事をしたもののどう対処していいかわかりません。その後もたびたび苦情の電話はかかってきますが、あなたは「わかりました」と言うだけです。苦情の電話の声は毎回違う人ですが、あなたは裏の住民が関係していると疑っています。しかし証拠はありません。このような状態で営業を続けているとあなたの精神状態も正常ではいられません。段々と笑顔がなくなってきました。あなたの暗い落ち込んだ雰囲気は知らず知らずに客にも伝わります。次第に客数は減っていき売上げも減少していきます。
半年後、とうとうあなたの我慢の糸が切れてしまいます。
「こんなにまでしてラーメン店やりたくねぇ・・」
あなたはこうやってラーメン店に失敗してしまうのです。
失敗の原因は明らかで、クレーム処理のまずさにあります。
隣近所とはとにかく仲良くつきあうしかありません。仲違いすると必ず悪い噂が出るものです。少なくとも良い噂はでませんから。ですから、最初のクレームで平身低頭に頭を下げるしかなかったということですね。



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